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| 「ミハイル・カンディンスキー ピアノリサイタル」 |
| 2010.5.16 フェニックスホール |
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1973年モスクワ生まれ。グネーシン音楽学校在学中ロシアオーケストラとの共演に抜擢されデビュー。モスクワ音楽院では名誉を得て卒業。
その後全額給費生として渡英、英国王立音楽院大学院修了。ウィンゲート賞受賞。
更にロシア・グネーシン記念音楽院大学院にて研鑽を積む。
E.ヴィルサラーゼ、H.ミルン、W.トロップ他の各氏に師事。
特に全ピアノ作品レパートリーを持つラフマニノフ演奏は「ロシア音楽への重要な貢献」と本国ロシアから高く評価され、
モスクワラジオ放送録音の「ラフマニノフ24のプレリュード」は今なおモスクワで放送されている。
音楽祭ではカーガン記念国際音楽祭(ドイツ)、メトネル記念音楽祭(ロシア)、セント・マリーズ音楽祭(イギリス)等に毎年客演。
2000年初来日、2001年より湘南地区に在住、サントリーホール、紀尾井
ホール等にてリサイタル、ウィーン・フィルの名手たちとの共演ほか、
ラフマニノフ・シリーズ等活躍。CDは現在5枚リリース、いずれも好評
を得ている。
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| レクチャーコンサート「リスト」 |
| 2002.9.24 テイジンホール |
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イギリスで活躍するピアニストの一人、ヘーミシュ・ミルンは、ロンドンのロイヤル・アカデミー・オヴ・ミュージックに学び(現在ではそこで教授として後進の指導にあたっている。)、その後イタリアで、グイド・アゴスティに師事。主要なイギリス国内オーケストラとの共演をはじめ、(BBC放送で200回以上放送された。)室内楽でも活動しており、プロ・アルテ・ピアノカルテット、St.マーティン・イン・ザ・フィールド室内アンサンブルとともに定期的に活動している。
実に幅広いレパートリーをもち、それはバロックから現在にいたるまで、また特にロマン派分野に力を注いできた。
門下にはフレディ・ケンプ(チャイコフスキー国際コンクール第3位)、ガブリエラ・モンテロ(ショパン国際コンクール第3位)、アレクセイ・ホルヌイク(ホロヴィッツコンクールキエフ第1位)、アシュレー・ワッス(ロンドンピアノコンペティション第1位、ロイヤル・海外リーグ第1位)ほか多数の国際コンクール優勝者、入賞者を輩出している。 |
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| レクチャーコンサート「バッハ演奏の基礎」 |
| 2001.6.12 テイジンホール |
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1949年ドイツのウルム近郊ブラウボイレン生まれ。シュットガルト音楽大学でユルゲン・ウーデに、ジュネーブでアンドレ・ペレに、ミュンヘンでルートヴィッヒ・ホフマンに師事した。1971年リスボンのヴィアナ・ダ・モタ国際コンクール第2位、1972年ミュンヘン国際コンクール第3位、1973年ブゾーニ国際ピアノコンクール第2位、1975年ボンのドイツ音楽コンクール第2位。1968年よりドイツ国内で演奏活動を続け、シューマン、ショパン、ドビュッシーをはじめとする多数のCDを録音している
1979年よりリューベック国立音楽大学ピアノ科教授を務め、その後1986年よりウィーン国立音楽大学教授となる。1996年ピティナ・ピアノコンペティション審査員およびピティナ・フェスティバル「公開講座J.S.バッハ平均律クラヴィーア曲集第1巻」の講師を務める。 |
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| 「ショパン」レクチャーコンサート |
| 1999.10.8 テイジンホール |
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1942年モスクワ生まれ。モスクワ音楽院で名教師ゴールデンヴァイザー、さらに名ピアニストであるタチアナ・ニコライエワに師事、後に同音楽院で助手を務める。1963年ロンティボーコンクール第2位、65年リオデジャネイロピアノコンクール第1位。69年ベートーヴェンコンクール第2位と各地の国際コンクールで優勝、入賞を重ね注目された。しかし、その後ソ連政府により演奏活動は一切中断されてしまい、約2年もの間ピアノに触れることができなかった。1977年バーンスタインを始め多くの音楽家たちによる署名活動が実を結び、ヤブロンスカヤはアメリカ音楽界へデビューを果たす。やがて世界的なピアニストとして各国で演奏活動を行うようになり、その力強い演奏と色彩豊かな表現力は絶賛を博した。現在はジュリアード音楽院教授として後進の指導にあたる一方、世界各国で数々の演奏活動を行っている。 |
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| レクチャーコンサート「ベートーヴェン ソナタについて」 |
| 1997.10.30 テイジンホール |
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ロシアの巨匠ピアニスト。1961年モスクワでのアルニオンコンクールに優勝。同年モスクワ音楽院教授として招かれる。
ピアニストとしての演奏活動も活発で、北欧、東南アジア、日本、南米、東欧諸国など、その数は2000回にも及んでいる。
また、数多くの名高いピアノコンクール、チャイコフスキーコンクール、シューマンコンクール、リストバルトークコンクール、ミュンヘンコンクールなどの審査員を務めるほか、ワイマールでの有名な夏期講習をはじめ、ハンブルクカールスルーエ、フィンランドザグレブ等、ヨーロッパ各地での講習をうけもち、その人間的魅力と教師としての名声も非常に高い、ウィーン国立音楽大学へは1990年客員教授として招かれ現在も後進の指導にあたっている。 |
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レクチャーコンサート
〜フランス印象派の中から〜「ドビュッシーとラヴェル」 |
| 1997.6.3 テイジンホール |
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ヴラド・ペルルミュテール、ピエールサンカンの両氏に師事し、1965年に一等賞(プルミエ・プリ)を。その後、ジャン・ユボー氏に師事し、1967年に室内楽でも一等賞を得た。同年ヴィオッティ国際コンクール優勝、マリア・カナルス国際コンクール第2位(1位なし)、1971年ロン=ティボー国際コンクール第3位等、数々の国際コンクールで上位入賞を果たしている。1979年には若くしてパリ国立音楽院の教授となり、その後もヨーロッパを始め、世界各国のマスタークラスに講師として招かれている。レコーディングも多く、「ラヴェル・ピアノ曲全集」のディスク大賞(グランプリ)受賞を始め、いずれも高い評価を受けている。 |
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| 「ショパン」レクチャーコンサート |
| 1996.10.24 テイジンホール |
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教授として、1957年にモスクワ音楽院で教鞭を執り、1978年には、同音楽院ピアノ科主任教授に就任。又、チャイコフスキー国際コンクールの審査員を4回務めた他、世界の殆どの主要国際コンクール審査員として、招かれている。門下には、スタニスラフ・ブーニン(第11回ショパンピアノコンクール優勝)、アンドレイ・ピサレフ(第5回国際モーツァルトコンクール優勝)、ニコライ・ルガンスキー(第10回チャイコフスキー国際コンクール最高位)、ワディム・ルデンコ(同3位及びヴィオッティ国際コンクール優勝)、アレクサンドル・シュタルクマン(同5位)ほか、多数の国際コンクール優勝者、入賞者を輩出している。 |
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